冤罪と科学鑑定( 福井女子中学生殺人事件 )

 再審フォーラム
  冤罪と科学鑑定 ― 作り上げられた冤罪を暴く

  福井女子中学生殺人事件 
  弁護士 島田広
 
  福井事件については、冤罪防止コムもご覧下さい。
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  フォーラム当日で使用される予定の資料です。

  福井事件再審開始決定のポイント

  2011年12月1日 
  弁護士 島田 広

第1 新規性
 未判断資料性をもとに判断するという裁判例の流れを踏襲。
新規性については,確定判決後に得られた証拠のみに限定されるものではなく,確定判決時に存在はしていても,これを確定審に提出することが困難であったと認められるとともに,確定判決にその内容が実質的に反映されていない証拠であれば新規性が認められると解するのが相当である(27頁)。

第2 明白性の判断枠組み…二段階説(?)
 「新証拠の証明力判断+総合評価」の判断枠組みを示した。ただし証明力判断のハードルが高い?
再審請求事件において,新証拠に明白性が認められるか否かは,新証拠がそれ自体で確定判決の事実認定に合理的疑いを生じさせる程度の蓋然性を有するか否か(以下「新証拠の証明力」という。)と,確定審の審理が行われていた当時,新証拠が確定審に提出されていれば,確定判決の基礎となった証拠(以下「旧証拠」という。)とを総合して,確定判決の事実認定に至ったか否か,すなわち,確定審の事実認定に合理的疑いを生じさせたか否かを,段階的に検討して判断するのが相当と思料する(29頁)。
最高裁判例が示す明白性判断構造

第3 新証拠の証明力判断
1 死体に現場遺留の凶器以外の刃物(第三の刃物)による創傷があること
 刺創の創口の長さと刃幅の関係に関する法医学的鑑定上の原則によれば第三の刃物の存在が推定されることを認め,例外事象の存在を検察官が立証すべきとした。
石山証言も認めているとおり,法医学的には刃器による創口の長さは使用された刃器の刃幅と同じかこれより長くなるのが原則であることに照らすと,新証拠第1類型の各証拠によって,確定判決が判示した被害者に生じた刃器による創傷はすべて本件包丁のみで成傷可能であるという認定には動揺が生じているといわざるを得ない。その点では,本件事件において凶器と認定された本件包丁の刃幅よりも短い創口の長さが計測される特殊な事由が存する理由は,検察官においてこれを立証すべきものというべきである(33頁)。
 押田鑑定が現場遺留の2本の文化包丁では成傷不可能と指摘した,43創と56創について,確定判決の認定に合理的疑問が生じるとした。
被害者の創傷について,検察官が主張する前記のような具体的状況を検討して判断しても,本件において,43創及び56創の創口の長さが特殊な事情によって例外的に本件包丁の刃幅よりも短く計測されたものとはたやすく認められず,その可能性を考慮しても本件包丁によって43創及び56創が形成可能であったとの確定判決の判断には合理的疑問があるといわざるを得ない。新証拠第1類型の各証拠は,石山鑑定等に照らしても,証明力が認められるというべきである(34頁)。
2 スカイライン車内からの血痕検出がないこと
 ルミノール反応検査が鋭敏であること(石山証人もこれを肯定)から,例外的に反応が起こらない場合にあたることは検察官が立証すべきとし,検察官・石山証人の説明は信用できず,確定判決の認定に疑問が生じるとした。
ルミノール反応が極めて敏感であって,原則的には拭き取りあるいは洗剤を使って洗い流した後でも反応する性質を有することについては,請求審事実取調べにおける石山証人尋問において同証人も供述していたところであり,本件は例外的に反応が起こらない場合に該当するというのであるから,その該当性は検察官において立証すべきものというべきところ,その反応限界についての条件はあいまいであって,前記のとおり,スカイラインの助手席ダッシュボードと同じような位置にあるスピーカーカバーから血痕が発見され,これについてはルミノール反応検査で反応が得られ,また,被害者の血液ではないことが確認されていることと比較して,ダッシュボードの付着血液については,A男において容易に気付く程度の量の血液が付着していながら,反応が起こらないことを相当とする例外的な場合に該当することについての説明は容易には信用できず,その可能性を考慮してもダッシュボードに血液が付着していたことを前提とする確定判決の事実認定には疑問が生じているといわざるを得ない(33頁)。
3 客観的証拠から認められる犯人像が前川さんとは合わないこと
 客観的証拠から認められる犯人像が前川さんとは合わないことについて、弁護側証拠の指摘した問題点を全面的に肯定した。
新証拠第3類型の各証拠が指摘しているとおり,本件事件の犯行態様は,確定判決が認定している,吸引したシンナーの影響によって心神耗弱の精神状態に陥っている者の行為ではなく,合理的で,高度の思考能力を備えた犯人により実行されたと考えなければ説明のつかない点が多々認められる。したがって,確定判決が認定した請求人の本件事件当時の人物像と大きく外れないとした犯人像,ひいては本件事件の態様には新証拠第3類型の各証拠によって疑問が生じ,これを維持できない蓋然性が生じているというべきである(42頁)。
4 開示調書が関係者供述の信用性を減殺すること
 開示調書については,それ自体では関係者供述の信用性を否定するほどの証明力」をもたないが,総合評価の考慮要素となる。
この点に関する新証拠として請求人が提出した各供述調書及び援用した検察官提出の各供述調書は,各公判供述と比較していずれも変遷が見られたり,矛盾があったりしているものであることは認められるものの,その供述経過あるいは供述の時期などを考えると,各供述の変遷の存在や矛盾によって,ただちに旧証拠である各公判供述の信用性を否定するほどの証明力を有するとはいえない。これらの証拠の存在は,新旧証拠の総合判断による確定事実認定の可否を検討するに当たって考慮されるべきものと思われる(43頁)。

第4 総合評価
1 新証拠により,関係者供述の信用性の慎重な検討が必要になった
 新証拠により,主要関係者の供述の信用性,犯人像と前川さんとの符合について強い疑い→関係者供述の信用性の再検討が必要
新証拠第1類型から同第3類型の各証拠によって,既に本決定29頁以下において検討したとおり,確定判決が有罪認定の重大で確定的な根拠としている,被害者の刃器による創傷が被害者方台所にあった本件包丁で形成可能であること,請求人と本件事件を結び付ける,請求人の身体,衣服等に血液が付着していたとするB男,A男ら主要関係者の各供述の信用性及び本件事件態様等から推認される犯人像が請求人と符合するとされる点について,いずれも強い疑いを生じさせるに至った。
このような状況は,本件の証拠構造において,不自然な変遷を重ねながらも根幹部分において一貫しているとして信用性が認められ,請求人が犯人であることを裏付ける決定的な証拠とされたA男及びB男供述の信用性について,改めて検討を迫るものとなったといわなければならない(43頁)。
2 前川さんが現場に入ったことを示す証拠は何もない
 犯人性の認定には,前川さんが「犯人であることによって,犯行状況が不自然でなく説明できるという必然的な結び付き」が必要。確定判決の証拠では現場に立ち入ったことすら証明されていない。
請求人が被害者方を訪れることは可能であったということができるとしても,このことは,本件事件発生当夜,請求人が現実に被害者方に立ち入った人物であることを示すものとはいえない。すなわち,本件事件現場から,請求人が被害者方に本件事件発生当夜に立ち入ったことを示す客観的な証拠は発見されていないことも照らし合わせると,この事実から推認されるのは,請求人が犯行を行うことは可能であったという程度のものにすぎないのであって,請求人が犯人であることによって,犯行状況が不自然でなく説明できるという必然的な結び付きは認められないから,本件事件発生当夜,請求人が被害者方を訪ねた犯人であるとまで認定することはできない(47頁)。
3 A男をはじめとした血痕目撃供述の信用性は極めて脆弱
 前川さんの着衣に血痕が付着していたとの関係者供述について,血液が被害者のものであることが確認されていない以上,血痕目撃供述が直ちに前川さんを犯人とする根拠にはならず,さらに関係者供述には3点の疑問があり,特にA男の信用性は極めて脆弱である。
血液が付着していたとされる請求人の衣服は発見されておらず,付着していた血液が被害者のものであることも確認されていない状況に照らせば,請求人の衣服に血液付着の事実があったとしても,せいぜい請求人が犯行を告白した事実の存在を前提に,これが不自然でないという程度の証明力を有するにすぎず,請求人が本件事件の犯人であることを客観的に示す事実とはなりえないものである(39頁)。
(疑問点①)
スカイラインの助手席座席やドア部分などからは血液の付着が発見されていない理由について,確定判決は付着した血液が時間の経過とともに乾燥してダッシュボード以外の部分に付着することがなくなったとも考えられるとしているものの,やはり不自然さを禁じ得ない(48頁)。
(疑問点②)
被害者の死体には,隣室から持ち込まれたこたつカバーなどが被せられていて犯人の側への血液の大量の飛散が防止されていた状況で,請求人の衣服の胸付近に主要関係者が供述するような大きな血液の付着が生じた上,A男に救済を求めようとしている請求人が人前にそのままの姿をさらし,事件を告知されたB男がこれに気付いた後もこれを放置していたというのも不自然(48頁)。
(疑問点③)
新証拠第2類型の反応実験の結果により生じた,A男の目撃供述についての信用性への疑問を考慮すると,A男及びこれと親しい関係にあるN男,G男,H子及びF子の血液目撃供述の信用性にも改めて疑問が生じているといわざるを得ない(48頁)。
4 前川さんと犯行とは結びつかない
 客観的証拠がなく,犯行態様も確定判決の認定とはかけ離れており,前川さんと犯人とを結びつける根拠となる客観的事実は一切ない。
確定判決も判示しているように,本件事件現場からは請求人が本件事件に関与した事実を示す指紋などの客観的証拠は一切発見されなかった。そして,新証拠第1類型及び同第3類型の各証拠によれば,被害者の受けた刃器による創傷の一部が本件事件現場に残された本件包丁では生じないものである蓋然性がある上,本件事件現場の状況は,確定判決が認定する,シンナー乱用により幻覚妄想状態にあった請求人による,被害者からシンナー遊びを断られたことから発生したいさかいを契機とする,偶発的な激情型の犯行とする犯人像と著しくかけ離れたものである蓋然性が認められた(50頁)。
以上の次第で,新旧全証拠を総合すると,請求人と犯人とを結び付ける根拠となる客観的事実は一切存在しないということになる結果,確定判決の請求人が犯人であるとの認定には至らない蓋然性が高度に認められるといわざるを得ない(51頁)。
5 事実認定のまとめと結論
以上の事実は,確定判決において請求人が有罪とされた根拠であるA男,B男の各供述と,これを裏付けるN男,G男,H子及びF子の各供述の信用性に疑問を抱かせるのに十分な事実ということができる。この判断は,検察官が請求審において新たに提出した各証拠をつぶさに検討しても変わらない。他に,請求人が本件事件の犯人であることを示す証拠はなく,請求人が本件事件の犯人であると認めるには合理的な疑いが生じている。
以上の検討結果を総合すると,本件再審請求は,刑事訴訟法435条6号所定の有罪の言渡しを受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したときに該当するというべきである。論旨は理由がある(51頁)。